常識非常識

中田哲也氏の「フード・マイレージ」より

私たちの「食」

 私たちの食の姿は、経済が高度成長し所得水準が向上する中で、私たちの食生活パターンが大きく変化したことによるものであった。つまり、誰に強制されたわけでもなく、私たち自身が主体的に、何をどのように食べるかを自ら選択した結果が、現在の姿を作り上げているのである。
 経済効率性の観点からすれば、個人レベルでも国の政策レベルでも、合理的な選択であった。ところが現在、地球環境問題という、かって人類が直面したことがないような問題の存在が明らかとなり、これへの対応が迫られている。私たち一人ひとりも、自分の食のあり様を、できるところから少しずつでも見直していくことが求められている。だから、なるべく近くで取れたものを食べましょう、地産地消に心がけましょうというのが、本書の結論である。

食料は他の商品と違う

 食料も市場経済の中で取引されるのであるから、当然ながら商品のひとつであることは間違いない。しかし、その性質は工業製品とは大きく異なっている。
 まず、生産条件が違う。食糧の生産は自然条件に左右されやすい。温度や湿度、土壌条件などは作物の育成に大きな影響を及ぼし、台風や日照不足など天災による被害をこうむることも多い。また季節性にも拘束される。米は基本的に一年に一作しかできないし、野菜や果物には「旬」がある。このため、カイワレ大根のような工場生産が可能な一部の品目を除けば、生産量や品質を完全にコントロールすることは不可能である。
 商品そのものの性質も違う。食料は一般に腐敗しやすく、在庫による需給調整にも限界がある。

・・・中略・・・

 また、食品の性質は非常に多くの要素から構成されている。外見で判断できる大きさや形、色だけでなく、味や香り、栄養成分なども重要な要素である。そして、安全性という要素が、食料の品質を決定的に左右するという特殊性がある。

食糧は国内での増産が可能である

 とりわけ食について考えたい二番目の理由は、食料は、鉱物資源と異なり、国内で生産あるいは増産することが不可能ではないことである。

  ・・・中略・・・  

 穀物にせよ野菜にせよ畜産物にせよ、確かに国内で完全自給することは現実的ではない。

  ・・・中略・・・  

 日本では国土が狭く農地が少ないといわれるが、農地利用の現状は、不作不地や耕作放棄地が増加するとともに耕地利用率が低下するなど、その利用は粗放化しつつある。


 
日本は、本当に食糧生産に不利な国土条件に
置かれているのだろうか。

 地理的にはアジア・モンスーン地帯に属し、他の先進国と比べて気候は温暖で、、かつ、降水量も豊富である。また、国土は南北に長く、亜熱帯から亜寒帯まで含んでおり、多彩な農業が営まれている。このような気温、降水量あるいは国土の南北の長さといった気候的地理的条件は、農地面積と並び、農業生産力を基本的に左右する重要な資源である。これらをここでは仮に「風土資源」と呼ぶことにしよう。風土とは、その土地の気候・地味・地勢などのあり様のことを広く指すが、ここではそれを仮に平均気温、年間降水量および国土の南北の長さという三要素で代表させてみる。その場合、日本の風土資源は、他の先進国と比べてどのような状況であろうか。

・・・中略・・・

 資源に恵まれていないという一般的に流布されている常識とは、相当に異なる日本の姿である。つまり風土資源という観点から見ると、四方を海に囲まれ豊富な漁場に恵まれているということを含めて日本は世界に冠たる資源大国といえるのだ。
 このような温暖・多雨な気候条件のもと、日本には自然の恵みによりもたらされる動植物資源(バイオマス資源)が豊富に存在している。

・・・中略・・・

 しかし、国内で発生している家畜排せつ物、稲わら、木材の残材などのバイオマス資源は、十分利活用されているとは言い難い。たとえば、稲わら、籾殻といった農作物の非食用部分は年間1300万トン発生しているが,これらのうち、たい肥、飼料、畜舎敷料などに利用されているのは全体の30%ほどに過ぎない。

各国の国土資源の比較

 年平均気温と降水量を横軸、国土の南北差を縦軸にグラフを書くと、韓国や西欧各国を凌駕しアメリカと比べても遜色はない

私たちの食と地球環境問題

なぜ地球問題か―三つの局面での問題点

 第一は、日本が輸入する大量の食料の生産のために、輸出国の限られた農地や水といった資源・環境に負荷を与えている。

 第二は、日本に大量に持ち込まれている食料という物質が、日本自身の環境に負荷を与えている。

 第三は、日本が輸入する大量の食料が、長距離輸送の過程で二酸化炭素などの温暖化ガスを排出することにより、地球環境に負荷を与えている。

輸出国の資源・環境に与えている負荷

 海外の農地への依存

 国内の食料需要を満たすために使用している海外の農地面積は約1200万ヘクタール(日本の農地面積469万ヘクタールの2.6倍)


 私たちは、国内の農地資源を効率的に利用することなく、多くを遊休化させておきながら、砂漠化が進みつつある貴重な海外の農地資源を利用している実態にある。

仮想水(バーチャル・ウォーター)の考え方

 地球は水の惑星と呼ばれるように、豊かな水資源に恵まれている印象があるが、地球上の水資源のうち淡水は約2.5%にすぎず、さらに、飲料水、生活用水、生産活動に利用可能な地下水、河川、湖沼などは、0.8%未満にすぎない。このため、人口の多くがいわゆる『水ストレス』に直面している。(世界人口のうち20億人以上 今後、さらに増加すると予測されている。)

 日本はこのような状況の中で、食料というかたちで大量の水を輸入しているという見方がある。それが、仮想水(バーチャル・ウォーター)という考え方である。

 このように、畜産物や油脂類を大量に消費している私たちの食生活は、海外の水資源にも大きく依存しており、同時に世界の乏しい水資源に負荷を与えている。

日本自身の環境への影響

大量の食糧輸入は日本自身の環境にも大きな負荷を与えている。

 窒素を指標とした農業生産システムの姿

 19世紀、大気中の窒素を工業的に固定する方法が開発され、化学肥料が大量に製造・使用されるようになった結果、世界の農業の生産量は飛躍的に増大したが、同時に、地球全体として環境への窒素の蓄積が進行するようになった。

 日本においてさらに問題なのは、大量の食糧や、飼料の輸入により、窒素収支がいっそうアンバランスになっていることである。食料の貿易は、農産物に形を変えた窒素を輸入しているのと同じと見ることができる。したがって、食料輸出国では、輸出した食糧の生産に費やされたと同量の窒素を農地に補充しないと、地力の減退が生じることとなり、逆に食糧輸入国では農地に還元できる以上の窒素の流入があった場合には、環境に対する負荷が生じることになる。

フード・マイレージ あなたの食が地球を変える より引用
著者:中田哲也 発行所 株式会社 日本評論社