
お茶と人々
細川忠興 (1563-1645) 茶の湯は千利休門下七哲の一人。
安土桃山・江戸初期の武将。細川幽斎の子。号は三斎。織田信長・豊臣秀吉に仕え丹後宮津城主。関ヶ原の戦いでは徳川方に属し、小倉四〇万石を領。和歌・絵画・有職故実に通じ、室はガラシャ(明智玉)。
足利義昭、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と、時の有力者に仕えて、現在まで続く肥後細川家の基礎を築いた人物。
戯曲「気丈な貴婦人」 細川ガラシャをモデルにした戯曲
ガラシャ:エレオノーレ・マグダレーナ、マリア・テレジア、マリー・アントワネット、エリーザベト皇后などの生き方にも影響を与えたと言われる。
熊本城 加藤清正が、秀頼を守る為に心血を注いだともいわれ、西南の役で、西郷隆盛に「おいどんは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとでごわす」と言わしめた城。
参考資料:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
藤波イズム 100名城制覇の道
お茶の大和 熊本市南区南高江7丁目5−11