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| 足利義満 アシカガヨシミツ |
足利三代将軍 宇治茶の発展を促し、宇治七園を指定し茶種の改良につとめた。 | |
| 栄西禅師 エイサイゼンジ | 『喫茶養生記』の著者 中国から茶を伝来し、わが国の茶祖と称せられる。 | |
| 大島康義 | 辻村みちよと共に3種のカテキンを結晶状に得る。 | |
| 蒲生氏郷 ガモウウジサト | 茶の湯は千利休門下七哲の一人 | |
| 弘法大師 コウボウダイシ | 土佐(高知)地方で作る中国の茶餅風の一種の磚茶(碁石茶)を伝授したといわれる | |
| 酒戸弥二郎 | 昭和22年、覆下園や老樹の茶芽に比較的多く含まれているテアニン(旨味の成分)を研究分析して発見する。 | |
| 芝山宗綱(監物) | 利休七哲の一人。千利休の高弟七人の一人 | |
| 鈴木梅太郎 | 1910年、米の糠から抗脚気因子として世界初のビタミンであるアベリ酸(のちにオリザニンと改名=ビタミンB1)を発見した。 | |
| 瀬田正忠(掃部) | 利休七哲の一人。千利休の高弟七人の一人 | |
| 千利休 | 安土・桃山時代の茶人。利休流茶道の開祖、織田信長に茶をもって知られ、豊臣秀吉に仕え天下一の茶匠といわれた。 | |
| 高山右近(重友) | (1552-1615) 茶の湯は千利休門下七哲の一人 キリシタン大名 | |
| 大典顕常 ダイテンケンジョウ |
売茶翁のよき理解者として煎茶道を広めることに尽力し『茶経評説』などを著している。 | |
| 辻村みちよ | 3種のカテキンを結晶状に得る。我が国初の女性農学博士。 | |
| 売茶翁 バイサオウ | 1675〜1763 煎茶人、肥前蓮池の人。始め仏門を志すも、後京都に出て茶を売って自ら給仕したので、世に売茶翁とよばれた。著書に売茶翁偈語などがある。 | |
| 細川忠興(三斎) | 茶の湯は千利休門下七哲の一人 | |
| 牧村利貞(兵部) | 茶の湯は千利休門下七哲の一人 | |
| 源実朝 | 『栄西禅師の著。「喫茶養生記」上下二巻が、建保二年、に献上された』とされている。 | |
| 山本徳翁 | 江戸日本橋茶商山本山六代目。天保六年に玉露を創製したといわれる。 | |
| 明恵上人 | 1173〜1232 鎌倉時代の華厳宗の名僧。栄西に参禅修行し、茶種子を貰って栂尾に植え、この頃より喫茶の風習が行われるようになった。 | |
| 陸羽 リクウ | 中国唐の時代の人で茶祖といわれる。茶経を著し、茶の製法、点茶法、茶道具使用法を詳しく伝えた。これより中国の茶は興隆したといわれる。 | |
| リプトン Lipton | イギリスの茶業王といわれる人で、インド、スリランカの各地に工場を経営し、全世界にリプトン紅茶として販路をもっている。 | |
| 参考資料:新茶業全書 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 蔵書のページ |
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